事務局のツイッター的ボヤキ

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事務局のツイッター的ボヤキ

先日の社員総会以来、気になる言葉が耳に残っています。

それは「東海ECの子会社 」という言葉です。

確かに2009年に起ち上げた時は、東海EC㈱の取引先を中心とした任意的な集まりでした。

約2年間、如何に成せば低炭素化社会に近づくことができるか、どうすれば利益につなげられる仕事起こし、仕事廻しができるか。それはどの事業分野かなどを討論・検討し、苦悩の連続でした。その間の掛かりの多くは東海EC㈱に面倒を見て貰っていましたが、ある程度の方向が見えてきた時、某会社の社長様から「東海EC様から離れて、そろそろ独自性の活動に変えたら」との助言で、設立準備会が発足し2011年4月に『 一般社団法人 』に昇格しました。

一般社団法人はご存じのように「 社会貢献 」と「 利益貢献 」が共存する法人で、課税面では特典もありますが、一般の株式会社と同様の事業経営が求められます。

この段階で先の「気になる言葉」は無くなったと思っていました。

それは皆様からの「基金(預り金)」が原資で起業し、理事等役員は全員無給のボランティア、事務所の机や椅子、キャビネットは寄付と云った具合で、皆様の誠意と真心で成り立ってると信じていましたし、今もそう思っています。・・・・本日、今は家庭の医療的な問題で欠席がちの代表理事にもお越し頂いてそれを確認いたしました。

これは少し荒療治だったかもしれませんが、ショックを受けられたようです。

確認が取れたことは「私的な会社でなく、中小・中堅企業の連合体」であること、「生存進化」を今での期待し「仕事起こし・仕事廻し」に姿勢は今でも変わらないこと。もしそのような私的な事業姿勢の気配があるなら改め、釈明もし、態度も改める覚悟は持っていることでした。

2011年の3月11日に起こった東日本大震災の直後の創業設立記念日4月5日の総会の後、皆様のご意見で出来たのが仮設住宅用の「緊急用LED街路灯」の寄贈でした。

この計画段階から殆どのパートナー様が参画され、日本街路灯で製作中の街路灯に色んなご意見をいただき、設置場所を決めるのに復興局、愛知県、名古屋市、NHKを通して多くの方々のご苦労もありましたが、やっと決まったのは震災後6か月も経った頃、宮城県石巻市牡鹿地区でした。6か月後のNHKの特番に間に合うように製作をお願いし、愛知県庁の前で防災局への寄贈式を行い出発式を行えました。・・・・・この段階ではまさに一枚岩と言って過言でないと思えます。

一年目は「一般社団法人アースパートナー協議会」の名前を認知していただくことに終始し、同時に東北での受注活動を行いましたが、これは現地の経済環境を考慮できなかった事務局の失敗で、現地での製作会社や施工を行って頂く人がいないことが読めなかった。そんな状況下で幸いは「錦2丁目まちづくり協議会」の活動でした。

二年目は、当初の各事業分野の中で、当面の具体化に奔走したのが「太陽光発電システム」でした。これに関連する分野として「 保守・保全のプロ(稼げる人)」集団を形成することにも力を注ぎ、さらには萩原電気様から無線監視システムの提案を受けて廉価版の製作中である。

この三年目に入り、具現化段階では大いなる苦悩が待っていた。

理想を具体化するのはできたが、それを自分たちのモノにするにはまだまだに勉強や技術が要ることが分かった。

見積書は書けて、各種申請も行えるが、さて施工の段階でクレーンを手配するのは何処が良いのか、それが妥当な価格なのか・・・等です。

お客様は背景はご存じなく、何時施工が完了するの、見積書内で完成すると思われているし、太陽電池モジュールが国内産であっても、セルが輸入されていることもあって価格アップするなんてご存じない・・・・当たり前だけど。

今年の三年目は初年度のように皆様の経験と知恵を結集しての何かを産出したく思っています。メーカー系列で磨かれた「モノづくりの皆様」を元気にするのは「創作」ですか、「製作」ですか、「施工」ですか。「保守」ですか・・・毎日がこの答えを求めて苦悩しています。

そんな毎日です。誰か助けてください